渡航中、ネパールで直面した2つ目の壁

前回の記事から、今回の渡航期間中に直面した3つの壁についての思い出を書いています。今回は二つ目の壁、「文化の壁」について書いていこうと思います。

正直、一つ目の「言語の壁」・3つ目の「衛生面の壁」に関しては自分の努力で乗り越えられるものだと思いましたが、この「文化の壁」に関しては、どれだけ努力しても完全に乗り越えられることはなさそうだな、、と思わされた、非常に困難な壁だと感じました。

渡航初日、最初に感じた文化の壁

まず最初に感じたのは、ネパールにおける祭り文化の凄まじさです。

ネパールでは、ほぼ毎日何かしらの祭りが行われており、仮面をつけた人が踊っていたり、飾られた神輿のようなものを担いでいる人がいたりなど、賑やかな音楽と共に多くの人たちが祭りを催しています。

私は合計で4回ほど祭に参加しましたが、特に初日に連れて行ってもらった祭は年間を通して特に大きなものらしく、4日間行われる祭りの4日目だったこともあり、非常に多くの人が参加していました。日本の花火大会や祭りと違っていたのは他県や遠くの街から来る人でごった返しているというよりは、徒歩で来られる範囲の人が全員参加している、という感じの様子でした。

というのも、ネパールで行われる祭りは同じ名前がついていても地区単位で行われているというものが多く、ディストリクトと呼ばれる日本でいう小学校校区一つ分くらいの広さにたくさんの家があります。かなりの人数が同じディストリクトに住んでいるため、そこから祭りが行われるメインストリートに全員が集まることで人がごった返すといった感じです。メインストリートといっても道幅は2車線くらいしかないため、後ろの方からは祭りの様子が見えず、ストリート・シュラインの上に登って見ている人がたくさんいました。

ちなみに、私の滞在したカトマンズの居住地区では、縦に長い3階から5階建ての石造の家に家族が多いと10人単位で一緒に住んでいるのが普通でした。

賑やかな祭でとても楽しかったですが、日本でいうと番地と番地の間の道路に人がごった返しているような感じで行われているのと、おそらく祭が行われている間は店(出店じゃなくてスーパー)などもかなり閉まっているので、祭好きでなければ過ごしにくいかもしれない、というギャップも感じました。

学校で感じたこと

学校生活の際にも、文化の違い、というか日本人とネパール人の国民性の違いのようなものを感じました。

ネパールで授業をするときは、その前の週くらいにどこを教えるか元々の教科担当の先生と話し合って決めた後、当日までに準備をして授業に臨んでいました。 滞りなく授業が行えるように、また特に最初の方は私は英語が得意でなかったので、かなりの時間をかけて授業の準備をしていました。

しかし、当日授業に行くと、生徒たちから「そこはもうやった」と言われることが何度かありました。先生に聞くと、「他の先生が休んだ代わりに教えた授業でその部分はやってしまった」「授業の進みが上手いこと言ってその範囲まで教えてしまった」「今日は学校の祭りだから授業はない。なので先に教えておいた」などの理由で先に教え終わってしまっていました。

授業時間内に教える範囲を早くお教え終わってしまったり、逆に教えきれなかったために次の授業まで延長したりなどは日本でもよくあることだと思いますが、その連絡を次の授業まで行わないというのは多分日本ではないな、と思いました。

もちろん嫌だったわけではなく、準備した授業内容に被せて用意していたパソコンを使ったデモやスライド、計算練習など色々できることはあったため、やることがなくて途方にくれるということはありませんでした。むしろ、授業の進捗に合わせて臨機応変に内容を決めるという、教師に必要なスキルも鍛えることができたかなと考えています。

また、きちんと教えられるように準備はしていたのですが、生徒たちのテスト範囲になる部分を教えることになっていたこともあったため、先生が先に教えきってくれていてそのあと自分が追加で演習系の授業を行う、という形式になっていたのは少なからず生徒たちにプラスに働いていたかもしれません。

自分の体験が特殊な状況でのことだったので一般的にネパールの国民性がそうと言い切れるわけではありませんが、日本のようにあらゆることに際して厳密に段取りをする、ということはあまり行われていないように感じました。これも、私が渡航中に感じたギャップの一つです。

## 文化の違いは日常にも

他に感じた文化の違いとしては、インフラ面、特に電気と通信回線の違いです。

電気は渡航中一番実際に不便を感じたギャップでした。停電は基本的に毎日、多ければ一日2回停電することもありました。日本だとブレーカーが落ちたのか停電が起こっているのかすぐにわかりますが、おそらくネパールの建造物だとわからないと思います。

基本10分くらいで復旧しますが、扇風機が急に止まって暑かったりなど不便はありました。

調べたところ、電力会社がカトマンズだけで200社以上あることや、電線などのインフラがそもそも完璧に整備されていないことなどが原因で頻繁に停電が起こっているそうです。

また、コンセントの形も違っているので日本から持っていったAタイプのプラグは、刺さる場所と刺さらない場所がありました。どっちも刺さる場所は、ネパール式の円形の二つ穴の中心がわが日本式の板形になっていて、どっちも刺さるようになっていました。

通信回線の面ではポジティブなギャップを感じました。ネパールには至る所に家族でやっている個人商店のような店があるのですが、その多くでカード式の通信回線チャージャーが売っており、コードをアプリ経由で入力することでギガを追加することができました。代表的な通信会社はNTCとNcellと呼ばれる2社です。最初空港で初めてチャージしたときは旅行者向けのシステムかと思っていましたが、街の至る所に同じ仕組みの店があったので、おそらく一般の人も同じようにチャージしているものと思われます(クレカ引き落としされるサブスクのプランもありましたが、銀行口座を持っていない人も結構いる)。

また、日本との大きな違いとして感じたのが、ネパールでは「同じ場所に仕事場、家、学校が全て揃っている」という街の構造の違いです。

先述の個人商店もそうですが、家族が自営業で店をやっているというタイプの家族が非常に多く、そのような家ではその2階に家族の住居があります。また、私のホストファミリーはもともと学校に住んでいる用務員の家族でした。そのため、ホストファミリーの父親と出かけるときは一軒一軒立ち止まって人がいたら話していたため、少しの外出でもとても時間がかかりました。

私はネパール語がわからなかったのでついて行くのは大変でしたが、ここで生まれ育って、家と職場が同じで、街を歩くだけでそこらじゅうに知り合いがいるという環境には、とても楽しそうだと思いました。

まとめ

今回は私が渡航中に感じた文化の壁について書きました。

言語の壁と違って努力でどうにか乗り越えられるというよりは、性格的に合うかどうかという精神的なものが、仮にネパールに住み続けるなら求められるんだろうな、と感じました。

おそらく祭が好き、近所の人とのコミュニケーションが得意、という人であれば、非常に楽しく過ごせる場所だなというふうに思いました。インフラ面以外は本当に、壁を全く感じないという人もいるかもしれません。

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